ASIA NOW ―アジアの現場から

子どもの人身売買を防ぎ、学校に戻すための、ライフライン・トラスト(LLT)の取り組み【南インド】

■2012年12月2日Share

 2012年10月末から12月はじめにかけ、スリランカ、インド、インドネシアのACT助成事業地を訪問している鈴木による、インドからのレポートです(11月下旬)。

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標高717~1,068メートルの山間にある「ジャワドゥ・ヒルズ」には270以上の村がある

 

■南インド山岳地帯の先住民族がすむ村へ
南インド・タミルナドゥ州の州都チェンナイ(マドラス)から車で約3.5時間の内陸部に、ティルヴァンナマライ(Tiruvannamalai)という街があります。赤茶けた巨大な岩山が点在するこの街には、メディテーション(瞑想)をするアシュラムが点在し、ヨーロッパ各地や日本などから毎年多くの人々が訪れています。そこからさらに2時間弱行き、活気溢れる市場を抜けて上に行くと、標高717~1,068メートルの山間にある「ジャワドゥ・ヒルズ」が現れます。雨季で緑が溢れ、透明な空気と爽やかな風が吹き抜けるこの一帯は、最近避暑地として人気があり、土地価格が高騰しているそうです。

このジャワドゥ・ヒルズ一帯には273もの小さな村が点在し、人口約 85,000 人の82%が先住民族です。ここでACTは、現地NGOライフライン・トラスト(LLT)が実施する「持続可能な先住民族教育プログラム」への支援を2011年度から行っています。一見豊かなこの地域には、綿花・タバコのプランテーションなどに村の子どもたちが次々と売られているという暗い一面があるのです。

私は今回、LLTの案内で、小学校、中学校の奨学金を提供している子ども76人のうち、15人の家庭を訪問して話を聞きました。これらの村々は、山道からさらに徒歩で30分から1時間のところに点在しています。「大丈夫か?そのサンダルは山歩きにはむかないぞ」とからかわれながら、淡々と高ペースで歩む地元スタッフの背中を追い、坂道や小川を越え、なんとか到着。茶色の土壁にワラ葺き屋根という伝統住居の集落の入り口には、ゾウなど野生動物の侵入を防ぐためのトゲのある手作りの柵があり、そこを跨いで集落に入っていきます。彼らがよぶところの「下界の人々」=外部者、とくに外国人の訪問はめずらしく、好奇心と警戒心の入り混じった村人の視線を受けながら、サリーに身を包んだ母親や祖母など保護者と子どもたちの話を聞きました。

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主要道路から歩いて1時間のところにある村から毎日学校に通うルバさん(左下)。「娘には私のような苦労はさせたくない」と語ったお母さん(右上)

 

■人身売買の標的になるのは女性世帯の女子
ルバさん(4年生、女子)のお母さん(20代前半)は、荷物運搬(クーリエ)の仕事で生計をたてています。「私は学校に行ったことがなく、荷物運搬の仕事ぐらいしかできないです。娘たちには私のような苦労はさせたくない。教育がどんなに大切か分かります。」

奨学生のほとんどは、彼女のように6歳から14歳の女子で、父親が他界し、母親が一家の担い手となっています。インド、とくにこの地域では夫を亡くした女性たちは「縁起が悪い」として地域の行事にも呼ばれず、地域社会からも疎外された存在になってしまいます。自家消費用に粟やトウモロコシなどを栽培する以外は、荷物運搬(日収50ルピー:約73.5円)などの不定期の日雇い労働が唯一の収入源です。自治体事務所が遠いため、出生届けや住民登録をしていない人がほとんどで、配偶者死亡年金(月1,000ルピー:約1,470円)や、生活保護などの社会保障サービスなども受けられません。

10代後半の男子がいれば、ケララ州などに出稼ぎに行き、そうでなければ、綿花プランテーションなどのブローカーの誘いに乗り、5歳から6歳の子どもを働きに出してしまうケースが多いといいます。LLTはこれまでに230人以上の子どもを救出し、その9割が少女でした。

両親を亡くし、祖母と二人暮らしのカストゥリさん(8歳女子、3年生)は、綿花プランテーションに売られた直後に、LLTによって救い出されました。お祖母さんは「仲介業者(ブローカー)が村まで来て、『子どもは安全にケアするから』といって、連れて行きました。500~1,000ルピー(約735~1,470円)しか渡されませんでした。」と話しました。ブローカーは、山中の遠隔村まで来て女性が世帯主の家庭を狙い、最初だけわずかなお金を払って保護者を安心させ、その後は一切支払われないそうです。保護者には子どもを「売った」という意識はなく、子どもは安全で環境の良いところで生活できる、という言葉を信じて託し、結果的に人身売買の罠にはまってしまうのです。

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アワやトウモロコシの穀物を挽いた粉を入れた容器を頭に載せて家に帰る女性たち

 

■学校に行っても・・・
この地域では成人の多くが学校に通った経験がなく、今の子ども世代から学校に通うようになりました。しかし往復に数時間かけて通学しても、肝心の教師が学校に来ないことが多く、教科書をひろげて床にぽつんと座り、先生を待つ子どもたちを数ヶ所で見ました。それでも学校に来るのは、政府が提供を始めた給食があるからのようです。しかし給食を食べるとすぐに下校。通学率は30%以下で、5年生までに中退する確率は非常に高いといいます。

人身売買の危険から子どもを守り、学校教育を受けられるようにする。しかしそれだけでは問題は解決しないようです。LLTディレクターのアショークマール氏に話を聞きました。

「ジャワドゥ・ヒルズには11パンチャヤット(15村/1パンチャヤット)ありますが、正確な人口統計データがなく、最初の課題は地域が守るべき子どもの数を把握することでした。そこであらゆるデータを集め、子どもの現地調査を行いました。出生届がされていないこと、法律で禁止されている児童婚も野放しにされていることも分かりました。

LLTは24時間体制の子ども110番『チャイルドライン』の地域事務所を運営しており、子ども自身や近所の人たちが人身売買の現場を発見したら通報できるようにしています。また、子どもを救出し、取り締まることを警察から認められていますが、このような体制ができるまで、3~4年かかりました。保護者は『今後、子どもを売りません』、村長は『この村で人身売買は発生させません』、ブローカーは『今後売買に関わりません』という誓約書に署名し、警察署に受理されてから、初めて子どもを家庭に戻します。

当初、子どもたちを自宅近隣の公立学校に通わせようとしましたが、質が悪いところが多く、可能な限り、町の公立校や寄宿舎学校、私立校など、教育環境が整っている学校に送っています。通学支援として靴、ノート、教科書、学費(寄宿舎学校の場合は月謝と自宅に帰るための交通費)などを提供し、事業マネジャーは月1回、フィールド・スタッフは月2回、各子どもと面談しています。

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子ども110番「チャイルドライン」の説明会で「子どもの人身売買って知ってる?」と聞かれて手を挙げた子どもたち。身近で起きているということだろう

 

ただ、子どもを学校に通わせるだけでは十分ではありません。『10年生まで行けばよい』と考え、その後の進路希望や具体的計画も特にない人たちが多く、学んだ知識や技術を使ってどのように生活していくかを考え、行動を起こす力を養う必要があります。そのためには、子どもだけでなく保護者の意識変化を促すことが非常に大切で、カウンセリングや、具体的なアイデアを持つための外部視察などの機会提供をしていきます。」

ひとつのNGOができることには限りがあります。今後の予防策と総合的戦略についてプレジデントのチェリアン氏に聞きました。

「14歳以上の子どもが、家計を助けるために出稼ぎに行くのを完全に止めることは現実的にはできません。しかし少なくとも、自分の権利を理解したうえで、安全な環境で生きていけるか、自己判断し身を守ることができるようにするため、とくに14歳までに集中して基本的な教育を行うことが非常に重要だと考えています。

人身売買を防止するための監視委員会(学校長、村保健婦、警察官、LLT(NGO)、村長、自助グループ(SHG)メンバーなどで構成)を、パンチャヤット・レベルで組織化しましたが、自治体の機能性が弱いことが課題です。そこで村レベルで、住民ボランティアなど、やる気のある住民によるグループをつくり、ブロックと県レベルでの上部委員会を作ることを計画しています。村レベルの委員会は、14歳以上になり、村から出て行った子どもが何人おり、どのような状況で働いているのかを常に把握できる仕組みができることで、搾取や虐待ケースなど雇用主への抑止力にもなります。

また、人身売買ルートとなっている麓の地域で活動する異分野のNGOを集め、ワークショップ(人身売買予防、保護法について)を行い、子どもの人身売買の情報を多方面から収集し、見つけたら速やかにLLTに連絡する仕組みをつくりたいと考えています。

私たちの取り組みの成果もあり、人身売買のケースは減ってきていますが、最近は綿花業者が近辺に事務所を構え、「自宅の農地で栽培しないか」と持ちかけ、収穫した綿花の質が悪いと言って、安く買い叩いているなど、新たな問題も浮上しています」

家庭、住民、地域、自治体、NGOなどのステークホルダーが児童労働や人身売買などの問題に、ともに対処する環境づくりを進めるLLT。この子どもたちが近い将来、明確なビジョンをもち、自立して社会に出て行くことができるよう、私たちも応援していきたいと思います。
(1インド・ルピー=1.47日本円)



<報告:鈴木真里(ACC21事務局長、ACTチーフ・プログラム・オフィサー)>