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「何かを始めるのに遅いことはない」【フィリピン】

2014年8月29日 

1980年代以降、職を求めて多数のフィリピン人女性が海外へ出稼ぎ労働に出ました。日本では、エンターテイナー(ダンサーや性産業従事者など)として、多くの女性が働きましたが、仕事の中でさまざまな形で人権侵害、搾取を経験しました。

日本で働き、生活しているうちに日本人男性との間に子ども(ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン(JFC))を産んだフィリピン人女性の多くは、関係が長続きせず、子どもとともにフィリピンに帰国しています。しかし十分な教育や技術がないために職を得られず、地元に戻ることもできません。日本だけでなく、他の外国に出稼ぎに出た女性たちの多くが、同様の窮状に陥っています。

マニラにあるNGO「女性の自立のためのネットワーク」(DAWN)では、出稼ぎから帰国した女性と子どもが、健康で生産的な市民として成長、発展できるよう、カウンセリングや生計手段の回復支援などをしています。ACC21が事務局をつとめるACTでは、2012年度から、女性を対象とした裁縫と手織り技術のトレーニング、子どものための奨学支援、ワークショップなどを支援してきました。

過去にさまざまな苦しみを経験してきた女性たちにとって、裁縫や手織り作業は、生計手段の技術を身につけるだけでなく、心を安定させるのに効果的ですし、技術を身につけることで自信を取り戻すことができるようになります。

2013年11月、2011年度からDAWNの活動に参加しているヒルダさんのご自宅におじゃまし、お話をうかがいました。

自分でデザインしたバックを手に、誇らしげなヒルダさん

■ヒルダさんへのインタビュー
「日本でどのような生活をされていましたか?」
ヒルダさん:

これまでに計3回、日本に行きました。私は群馬県でエンターテイナーとして働いていて、子どもが2人できました。3度目の渡航でビザが切れたあとも滞在していたときに検挙され、帰国しました。

「フィリピンに帰国した後、どうされていたのですか」

ヒルダさん:
地元(ルソン島南部のビコール州)に戻りましたが、仕事はなく、マニラに出てきました。公立の職業訓練所に通ってマッサージ師の資格を取得し、ホテルで働いていました。でも突然、解雇されてしまって路頭に迷い、日本大使館に助けを求めたところ、DAWNを紹介されました。この機会をつかみたいと思い、DAWNの活動に参加することにしました。

「DAWNではどのような活動に参加しましたか」

ヒルダさん:
2012年10月から約2ヶ月間の裁縫トレーニングを修了した後、DAWNの生計プログラムである「シクハイ」の裁縫スタッフとして働き始めました。今では、専門書(型紙)を見ながら、オリジナルのデザインができるようになりました。ほかにも女性の権利セミナーなどにも参加してきました。

「参加して、何か変わりましたか」

ヒルダさん:
以前、マッサージ師として働いていたとき、帰宅するのは午前2時ごろで、子どもと一緒に寝ることはできませんでした。暗い夜道は怖かったです。でもDAWNの仕事をするようになってから子どもと一緒に過ごす時間が増えました。
DAWNに参加してから友達もでき、とても楽しい毎日です。スタッフは個人的な相談にものってくれて、田舎にいる親の年金の手続き方法まで教えてくれました。
私は中学2年生で中退しましたが、スタッフの勧めで、自治体がやっている中等教育修了資格の取得をめざす授業を受けています。修了資格がとれたら大学に行きたいと考えています。子どもたちと一緒に大学を卒業することになるかもしれませんね。
何かを始めるのに遅いことはない、いつからでもやり直すことができるということがわかりました。

■子どもたちへのインタビュー

DAWNでは週末、子どもたちが一緒に遊び、勉強しています

DAWNでは、子どもたちが毎週土曜日に集まって折り紙をしたり、一緒に勉強したりしています。経験を分かち合い、ともに体を動かし、遊ぶことで、子どもたちに笑顔が戻っています。ヒルダさんの2人の子どもたちにもお話を聞きました。

「DAWNではどういうことをしているのですか」

子どもたち:
DAWNでは、日本語の勉強や、誕生日会、ワークショップなどをしています。

「DAWNにきて何か変わりましたか」

けいご君(インタビュー当時13歳):
フィリピンに帰国してすぐは、学校で「日本人の名前だ」などといじめられました。授業で第二次世界大戦について勉強したときに同級生から非難されたこともあります。このような目に遭っているのは自分たちだけだと思っていましたが、DAWNに来て、そうではないことを知りました。ここで友だちができ、いろんなことを学びました。以前は、全てが「不可能」だと思っていましたが、今では「何でもできる」と思っています。

のぶゆき君(インタビュー当時14歳):
前はあまり勉強していなかったけど、DAWNに参加して、前向きな気持ちになり、勉強するようになりました。

「のぶゆき君は、日本に行ってお父さんと会われたと聞きました。どう思いましたか」

のぶゆき君:
はじめは戸惑いましたが、すぐに力強く抱き合い、父が「一緒にいたい」と言ってくれたことは、いまでも心に残っています。

ヒルダさん宅を訪問。右から、のぶゆきくん、ヒルダさん、けいご君


ヒルダさん親子の自宅はDAWN事務所から片道2時間もかかります。スタッフによると、ヒルダさんは、トレーニングなどには遅刻したことがないほどの努力家なのだそうです。ご自宅は貧困外にあり、六畳一間くらいの部屋には光があまり入らず、天井や壁の板がはがれているところもありました。

しかし、ヒルダさん親子は、DAWNの活動を通じて夢と希望を得て、その笑顔は輝いていました。


<報告:西島恵(ACC21スタッフ)>