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教育こそ、貧困からの脱却の基盤【フィリピン】

2016年5月27日 Share

セブ島の北部、メディエン行政区の沖合にビジットニル島があります。地元の言葉で「崖」という意味をもつこの島の周りには、きり立った険しい崖があります。美しい海とは裏腹に人々が貧困に苦しんでいるこの地で、ACC21が事務局をつとめる公益信託アジア・コミュニティ・トラスト(ACT)では、新しい幼児教育の試みを支援しています。
2015年8月、現地NGO・ビサヤ地域女性リソースセンター(WRCV)が行う「農村・漁村の青空子ども教育プログラム」の活動を視察した西島から、現地のようすをレポートします。

■漁獲量が少ないと借金漬けになる苦しい島の生活

家族総出で魚を網から外しているようす

ジビットニル島の人口は1,880人(2010年度)で、島は4村に分かれており、徒歩で回ることのできる広さです。公共の電気や水道はなく、村人が抱える最大の問題は水です。昔は雨水をためていたそうですが、現在では本島で飲料水を買っています。近年は雨が降らない期間が長く、農作物に影響を及ぼしています。また、2013年11月に発生した大型台風ハイエン(フィリピン名:ヨランダ)で、ほぼ全世帯が被災しました。

主な生活手段は漁業です。夜中1時ごろから朝方まで漁に出て、主に小イワシなどの小魚を採ります。早朝、海辺に出ると、朝日に輝く海と白い帆を背景に、家族総出で魚を網から外す様子が見られました。その穏やかさとは逆に、漁民の生活は苦しいものです。

漁船にはモーターが付いていないか、付いていても小規模で遠洋まで魚を捕りに行くことはできません。たまにかかる大きな魚やイカなどは自家消費用となります。

生の小イワシは主に干物にされますが、仲介業者が100匹60フィリピン・ペソ(約130円)の安値で買い取ります。島内の1家族が干物業を取り仕切っています。ほとんどの島民は漁船を所持しておらず、仲介業者や干物業者から無料で船を借りています。しかし、ガソリン代(200ペソ=約540円)は自己負担ですから、手元に残るのは100~200ペソ(約170~340円)だけです。漁獲量が少ないとガソリン代が出せず、借金となるため、借金で首が回らず、この生活から抜け出ることができない島民が多くいます。魚を網から外すと、仲介業者がイワシを数え、紙に何かを記録していました。その様子を家族は悲しそうな目で見ていました。
農地はほとんどなく、あまり水を必要としていないトウモロコシなどを栽培していますが、ほとんどが自家消費用です。

島では観光開発が進みつつあり、収入源は増えるかもしれませんが、強制立ち退きや海洋汚染の問題があります。若者たちは、セブ市などの都会に出稼ぎに行きますが、安定した収入を得る仕事に就くことは困難です。


■知性と創造性を育てる教育を

泣いたり騒いだりする子はおらず、落ち着いて食事をしていました

visitfarmers

青色と黄色の絵の具を紙の上で混ぜて緑色をつくる子どもたち

島の中央部には、幼稚園から高校までがひとつとなった総合学校が1校あります。しかし道が整備されておらず、幼少期の子どもがひとりで通うことは困難です。このため、小学校にあがるまでは家の近所で遊ぶだけで、小学校に進学してから授業についていけない、学校にひとりで通えないなど問題を抱える子どもが多くみられるそうです。

実施団体・WRCVは、2013年に大型台風ハイエンの被災者支援活動を行った際にこの島で子どもたちの教育を受ける権利が奪われている状況を見て、支援の必要を認識しました。そして、主に3歳から5歳児を対象とし、遊びから学び、創造性と自立性を育てる幼児の青空教室を開始しました。地元のお母さんたちの中から先生を選び、研修を行いました。

WRCVはこの事業でシュタイナー教育(オーストリア出身のルドルフ・シュタイナーが1919年にドイツで始めた教育法)の手法を取り入れています。たとえば、市販のおもちゃは利用せず、先生が手編みの人形を作ったり、自然にある小枝や木の実を使ったりしています。手編みの人形には、子どもが「喜んでいる」「泣いている」など、感情を自由に創造し表現できるよう、わざと目や口をつけていません。

登園した子どもはまず、先生が用意したおもちゃで自由に遊びます。遊びに満足したところを見計らって、先生は次の活動のしたくをします。歌や笛の音が次の活動に移る合図になっていました。

外で遊ぶ時間は思いっきりゲームをしたり、走ったり。そして、給食の時間には、皆に食べ物が運ばれるのを静かに待ち、ひとりで食事をして片づけていました。普通の幼稚園だとお母さんたちが外から見て、子どもが泣いたら駆け寄り、先生の話を聞いていないようだったら「ほらちゃんと聞きなさい」などと言葉をかけています。しかし、お母さんたちがいると子どもの気がそれてしまい、子どもの自立を促すことができないと、この教室ではお母さんたちは中を見てはいけないことになっています。

波と風の音の中で、時折、先生の歌声や子どもたちの笑い声が響き、穏やかにプログラムが流れていました。


■子どもたち、お母さんたちに変化

お母さんにインタビューするスタッフ西島(左)

お母さんたちも先生たちも「最初はこんなやり方で大丈夫かと心配だった」とのこと。しかし、1年以上たった今、子どもたちの変化にお母さんたちも先生たちもこの教授法に確信を持っています。

子どもを預けているオサベルさんは、「家で自らお手伝いをしたり、兄弟にやさしく接したり、お話をしてあげたりするようになりました。1人で食事ができるようになり、教室にも1人で通うことができます」と話していました。また、先生のマリフェさんは、「子どもに声をあげなくともしつけができることがわかりました。自分の家庭で実践したら、家族の関係が良くなりました」と語っていました。

WRCVの幼児教育の専門家レベリンさんは、「フィリピンでは体罰を行い、子どもにどなることが多くみられます。しかし、それでは、子どもの負の感情を大きくし、さまざまな問題を引き起こす大人になってしまいます。このような地方の貧困地域では、高いおもちゃや道具はありませんが、自然で遊べるものがたくさんあり、とても良い教育環境にあります。これを利用し、心穏やかで、独創性豊かな人間を育てることこそ、貧困からの脱却の基盤となると思います」と話していました。

この青空教室は、地元の女性組織が運営しています。女性組織に参加することで、お母さんたちは日ごろの悩みを話すことができ、活き活きとしてきたそうです。また、WRCVでは、青少年のための学習支援やスポーツ大会なども計画し、島全体の女性と子ども・若者の活性化を試みています。




<報告:西島 恵(ACC21スタッフ、ACTプログラム・オフィサー)>