ASIA NOW ―アジアの現場から

自然農業のアジアへの展開1【インドネシア】

■2010年11月12日

ACC21が2009年11月から2年計画で実施している「アジア自然農業普及プロジェクト―インド、インドネシアの現地NGOおよび農民組織と連携した技術マニュアル出版・普及と農民トレーナーの育成―」(トヨタ財団助成)の一環で、今年の6月11日~14日にインドネシア・西スマトラ(ブキッティンギ)で行われたトレーナー養成トレーニングの模様を、農業事業担当の広若がご報告します。


「ぱは~む?」「ぱは~む!!」


趙漢珪(ちょうはんきゅう)氏の問いかけに会場全体から大きな答えが返る。インドネシアでの自然農業研修会でおなじみの光景だ。


趙氏は50年に亘って韓国、日本をはじめ中国、モンゴル、ベトナム、タイなどで自ら創り上げた自然農業を普及してきた大人物である。しかし、趙氏の研修会はどこに行っても、そこの農民にしっかりと「自然農業」の考え方と技術を理解してもらいたい、というパッションに貫かれていて、たとえ研修生が50人を超えても誰がどの程度自分の話を理解しているか常に把握しながら話を進めていく。

NF-1d.jpg   

趙博士(左)と広若(右)


まあこの叩かれる研修生は大体決まっていて、彼が叩かれる度に研修生の間から笑い声が起こり、それが場の雰囲気を活性化させ、研修生たちはどんどんと趙先生の話に引き込まれて行くのである。


「ぱはーむ」(paham)というのはインドネシア語で「理解する」という意味だが、話の区切りや、少し分かりにくいかもしれない場合に必ずこの現地語で研修生に問いかける。もしそこで即座に「ぱは~む!!」と返って来なければもう一度言い方を変えて同じ内容を伝えることになる。それからまた「ぱは~む?」とやるわけだが、ここで反応が鈍い研修生は今度は趙先生がやって来て背中をバシッと平手で叩かれることになる。


インドネシアで自然農業の研修会が最初に行われたのは2005年9月のことだ。きっかけは、UNDP(国連開発計画)からの支援で「アジア貧困削減ネットワーク」(AJPN)が、アジアのNGOに日本の持続的農業のキーパーソン9人を紹介したところ、「趙先生を是非呼びたい」と、インドとインドネシアから声が上がったことによる。


その頃、インドネシアのパートナー団体であるBinaDesaは持続的農業のプログラムを進めようとしていて、核になるものを模索していたところだった。そこにちょうど趙氏の自然農業がタイミング良く嵌まり込んだというわけである。


趙氏の自然農業の技術的特徴を大まかに言うと

①その土地に住んでいる土着の微生物の力を使うこと(土着微生物)

②作物にも家畜にも生育のどの段階でどの栄養素が必要かを科学的に説く栄養周期理論を施肥・給飼のベースとしていること(栄養周期理論)

③肥料、栄養剤は全てその地域にあるものを利用し、その材料を発酵や炭化など一手間加えて作物に有効な状態にして与えること(天恵緑汁)の3つである。


この技術のほとんどを趙氏は40年以上前に日本に来て習得し、韓国で独自に組み合わせて開発したのだ。高度成長時代の日本と同じく近代化農業推進で突っ走っていた韓国の農政はそんな趙氏を目の敵にし、暗殺されかけたこともあるという(本人談)。


それでも化学肥料や農薬など環境にも悪く、外部から購入しなければ使えないものを多用する農業では、いずれ農民は滅びるという強い思いで、お金がかからず環境にも優しい持続型の農業を独りで普及してきたのである。そして2000年代に入ると、世界的な環境意識の高まりを受けて、韓国農政は180度方針転換、今度は持続型農業を推進することとなり、今では韓国政府から農業政策特別顧問を嘱託されている趙氏である。


BinaDesa の自然農業プログラム担当の Lily によれば、2009年時点で自然農業の技術と経験を持ち、他人にも教えることができるリーダーは66人とのこと。


NF-2d.jpg

趙博士による講義で熱心にメモをとる参加者たち

地域はアチェ州、西スマトラ州、ジャワ島、南・中央スラウェシ州にまたがる。各リーダーは、まわりの農民たち最低3人に技術を教えており、他にも学校で教えたり、地方政府に講習したり、他の農民グループに指導したりしているので、実際に何人が実践しているのかの正確な数字は掴めないが、少なくとも数百人に及ぶことは間違いないだろう。


このリーダーの中でいちばん成果をあげているのが、中部ジャワ州のスパルノ氏だ。彼は最初の研修会に参加し、そこで得た知識で自然農業資材によるヤギの飼育と、そのヤギの糞を魚養殖の餌に利用するシステムを作り上げた。


それまでヤギの飼育は工場で作られた飼料を使わなくてはならず、コストがかさみ、しかもよく病気にかかったため赤字になることも多かったという。自然農業方式に変えてからは、使う資材は近くの春雨工場から出る廃でんぷんと野原の雑草、それと黒砂糖のみ。彼が発酵させて作る飼料はヤギの好物で、これをまぶすとどんな雑草でも好き嫌いせずに食べるため草取りの労力も半分以下になるという。


NF-3d.JPG

住民が3ヶ月かけてつくりあげた高床式のバンブーハウスは、研修会場として使われた

今年6月にインドネシア・西スマトラで開催した3回目の研修会でも、彼が中心的役割を果たし、参加した40数名の農民リーダーたちに趙氏の話の補足をしてくれた。今回の研修会では、参加したリーダーたちの自然農業への理解が深かったことも印象深かったが、いちばん驚いたのは地元の農民たちが手弁当で研修会場の建物を地元の資材を使って3ヶ月かけて作ったことである。100人程度は軽く収容できる高床式のバンブーハウスは地元農民の団結力を示していた。


コミュニティの崩壊があちこちで問題となっているインドネシアだが、自然農業を軸にしてこんなに地域がまとまるのか、との思いで研修を終えた私だった。


<報告:農業事業担当 広若 剛>