ASIA NOW ―アジアの現場から

Asians helping Tohoku 2012 #S3

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8 volunteers from China, Thailand, Malaysia, Vietnam and Myanmar joined volunteer activities in Tohoku from August 31st to September 3rd. They helped local people working in fishery at Ishinomaki city in Miyagi prefecture.

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◆LUNHAI fromChina◆
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Q: 災害後1年半が経った東北の状況について、どのような印象を持ちましたか。
石巻市に行く前に、たぶん瓦礫でいっぱいがあるかなって心配していたが、目に見えた石巻はJEN災害を蒙った様子ではありませんでした。建物が新しいし、道路が整備しているし、人々の精神状態から見ても、JEN9級の地震及び大きな津波と関係なかったように見えました。たぶん、他のどの国でも、こんなに早く恢復することができないでしょう。

Q: 東北ボランティアでの経験とその感想を聞かせてください。
これは私のはじめてのボランティア経験なので、易い仕事か、難しい仕事かって、どきどき心配していました。一日目の仕事は非常に簡単だけでなく、飲み物とか、扇風機とか、あのおじいさんがどんどん持ってきて、こんなに優しくて、本当に恥ずかしかったのです。しかし、二日目の仕事は非常に大変でした。そのおじさんも非常に厳しい人で、本当に疲れました。だが、非常にうれしかったです。東北ボランティアに参加する動機は、私が東北の復興には何か手助けしたいと思っていたので、ちょっと疲れたけど、非常に満足しました。

Q: 東北ボランティアから何を学びましたか。また、自然災害について貴方の国の人々に何を伝えたいですか。
今回の活動によって、一番勉強になったのは日本人民の心強さと根性を感じました。普通の場合は、そこまで災害を蒙ったら、気力だけでなく、精神も崩れるはずであります。だが、当地の人々は、こんなに短い期間で自分の故郷を恢復させただけでなく、毎日毎日笑顔で過ごしてきて、本当に感心しました。これは戦後日本の速やかな恢復・成長の根本的な原因だと思います。

Q:4. 世界の人々へのメッセージ
私は見たのが東北の石巻だけど、すべての東北はすでに災害から恢復してしまったと信じています。未来の東北は絶対災害以前のよりもっときれいになるとも信じています。

>>Message in Mother tongue (PDF)

◆KHANUN from Thailand◆
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Q:What impression did you have on Tohoku after 1.5 year of disaster?
In spite of some wreckage of building and cars in some part of the city, the residents are living normally. They are also re-building businesses. Comparing to the situation of the city last year and the recover after Tsunami in other countries, for example, Thailand, the re-building pace is quite fast. I was impressed by the local people's effort and spirit to stand up again.

Q: Please describe your experiences and tell us your reflection of them.
At first, I did not expect much from this 2-day program. Just being able to see, or at most, contribute some little helps to local people is enough. However, the way foreign students improved the relationship with local people in just two days was incredible. On the first day, I was assigned the work to one fisherman's house. We prepared the oyster nursery shell under hot summer weather without having any interesting conversation. It might be because of language barrier that create the distant between the new volunteers and the villagers. However, the situation was greatly improved on the second day. I felt at ease to start a conversation, sharing some funny stories from my country. The villagers, too, talked to us more. We talked about weather, fishing, food and some tourist attractions. It was very nice to be able to chat with them, even though we were talking about normal, unexciting stories. Time really helped improving the communication between us.

Q: What did you learn from Tohoku and what would you like to suggest to your country people in case of natural disasters that might happen in your country?
I learnt two important things from this volunteer activity; the first one is about time and language barrier, the other one is the appreciation of living. During the volunteer program, the distant between foreign students and local people greatly become narrower in just two days. Concerning this point, I realized that language, culture, age and race are not the serious problems in international communication. The biggest obstruction is ignorance, and we can solve this problem by spending more time to listen and talk to one another. Apart from this, I have realized the gratefulness of being able to talk and share normal, boring stories in our daily life. To me, it is such a privilege of the survivor. And in case that this kind of disaster occurs in my country (again, as it was once happened in 2004), I think that the most important thing is to stand up and treasure life after disaster again as soon as possible.

Q:Your message to the people of the world.
No matter how good the innovations are, we cannot 100% avoid or protect ourselves from natural disaster, however; after the disaster, we can change loss and sorrow into hope and creativities.

>>Message in Mother tongue (PDF)

◆SINWUI from Malaysia◆
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Q:What impression did you have on Tohoku after 1.5 year of disaster?
Most part of the places we visited is rebuilt. Life is continuing as normal.

Q: Please describe your experiences and tell us your reflection of them.
First day 1 September 2012:
The journey started with cutting fresh tuna in front of all the volunteers. It was then served during lunch. I deeply felt the generosity of the local people and they always keep their smile and are always cheerful. During first task, two ladies shared their daily lives with us after the tsunami. Even though my Japanese level is poor, a Chinese volunteer translated everything to me. I felt that the local people like to communicate with foreigners and share ideas about each other's country. After the natural disaster March 2012, they might have family members who were victims of the tsunami. But the will to continue living and rebuild everything really touched me.

Second day 2 September 2012:
This day required very physical work. Most of the male volunteers were transported to another beach 5 minutes away to help another family to label ropes to hang the shells. Most of the volunteers were startled by the attitude of the man we helped since he shouted at us from time to time. We didn't really have any time to share anything about his daily life or anything else. Even though he growled at us, I think that this guy isn't that bad and it might be his character and the most important is to accept his personality if ACC21/JEN wishes to continue this program with him. Before leaving Ishinomaki, the farewell was very touching and showed the bond between the local people and the Asian students even though we were there only for a short period.

Q: What did you learn from Tohoku and what would you like to suggest to your country people in case of natural disasters that might happen in your country?
Solidarity is the main point of this trip. Lending out helping hands to the needy, as other people will help us one day if we are in trouble. I wish that Malaysians will join more volunteering activities and understand other people's needs.

Q:Your message to the people of the world.
To Malaysian people, I would urge them to be more open to others, think of others and help others despite of race, language and culture.

>>Message in Mother tongue (PDF)

◆KII from China◆
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去年の三月十一日に、日本の東北で九級の大地震が起きた。その時に中国にいる私はテレビや新聞によって、遭難状況などを知った。大学時代にも様々なボランティア活動に参加していたので、今回も東北災害地へ行って微力を尽くしたいと思った。被災者の大変な立場を想像して、手伝いたいと思っていた。そして、今年の八月に、震災から一年五ヶ月を経た東北災害地へ行くことが実現した。

Q: 災害後1年半が経った東北の状況について、どのような印象を持ちましたか。
ACC21のおかげで、私とアジアの他の国の留学生はボランティアとして、災害地の一つ、宮城県石巻市へ行った。行く途中、去年の災害の跡がまだ見えた。倒れた部屋と壊れた自動車が印象に残った。それらの残骸から脳裏に当時のでき事がどんなにひどかったか想像できた。現実から目をそらすのではなくて、やる気を持った人々が知恵や力で故郷を再建していた。石巻市の狐崎漁港の人々もまさしくその中の一つだ。

Q: 東北ボランティアでの経験とその感想を聞かせてください。
今回、一緒に活動した留学生が8人いる。私のチームの仕事は漁師を手伝い、牡蠣の殻の開けられた穴を鉄線で結んでから海に入れることだった。来年牡蠣が出てくるらしい。みんなやさしく作り方を教えてくれた。話し合いながら働いてすごく楽しかった。縄の結び方、牡蠣の育て方などのいろいろなことを教えてくれた。特に、初めて船から見た、見渡す限りの海や周りのすごくきれいな風景が心に残った。狐崎浜のおばあさんたちは郷土料理や焼きかきをくれた。いま、みなさんにありがとうとお礼が言いたい。

Q: 東北ボランティアから何を学びましたか。また、自然災害についてあなたの国の人々に何を伝えたいですか。
今回の活動は、いろいろなことを教えてくれた。災難それ自体が恐ろしいのではなくて、一番大切なのはいつでも自信を失わないことだと思っている。日本は自然災害が多発し、中国より対策や人間の防災意識が優れていると言われている。中国人として、防災方面について考えなければならないと思っている。

Q: 世界の人々へのメッセージ
留学生たちは国籍や人種を超えた「絆」を形成し、同じ目的で集まっている。今、世界に依然として飢え、貧困、戦争に喘いでいる人もいる。全世界の仲間で手伝い合ったり、協力し合ったりすることが大切だと思う。特に若者として、すばらしい未来のために、一人一人が力を尽くすべきじゃないか。

>>Message in Mother tongue (PDF)

◆KHOA from Vietnam◆
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Q:災害後1年半が経った東北の状況について、どのような印象を持ちましたか。
私は生まれてから、こんなに大きいな地震は初めてでした。その時は4階建てに居た。周りのテーブルや機械等が倒れて、安全のためエレベーターが止まってしまった。自分は周りの人と階段で降りていた。階段がすごく揺れて、まっすぐ立っていられなかった。 本当に恐ろしくて、言葉だけで言いえなかったです。そのときはただ震度5でした。
自分の私は震度5だけで、こんなに怖くて、震度8、9プラス津波のところはとんでもないことだったでしょう?
テレビをみて、自然の力は目の前のように見えました。津波で家や車等がおもちゃみたいにみえ、強烈な印象でした。大震災数日後、すごくひどい光景が目の前にあって、本当に悲しく感じました。
今回、ボランティア活動に参加したのがきっかけとなって、宮城県石巻市狐浜崎の被災地の一番ひどいと言われたところへ参りました。廃屋や廃校等をまだ少しく残っているが1年半前と全然違う背景でした。廃墟の背景はもうなくなって、地元の生活活動や生産活動等がだんだん元に戻ってきて, そして、私にとって、一番幸せなことは現地の皆さんの笑顔が見えたことです。皆さんの復興活動は本当に素晴らしくて、感動しました。

Q: 東北ボランティアでの経験とその感想を聞かせてください。.
今回、ボランティア活動のやることは漁業でした。石巻市に最初のあった人はJENの鳥塚さん でした。面白くて親切な方です。鳥塚さんが毎日ボランティアの方に作業のところへ連れてくれます。作業のところは狐浜崎と言う場所で、ここにボランティアさんが牡蠣のこどもの泊まるところを作り、この作業は面白くて、簡単で、やる気満々でした。仕事のやり方を教えてもらった人は今野さんです。彼は優しくて、作業のHow toだけではなく、津波のことや漁業のこと等も話してくれました。作業の休憩時間に今野さんが牡蠣を育てるところをみせていただいて、絶景でした。
お昼ご飯は漁師の祖母たちが料理を作って頂いて本当に新鮮で美味しかったです。
今回、出会ってよかったことは若い二人の日本人、雄太郎君(注:ACC21引率スタッフ)とハルキくん(注:JENでのボランティアに訪れていた学生)です。太郎君はPhotographerで、ハルキくんは東京大学の学生さんです。その二人と話が合って、ボランティア活動に熱心で、感心しました。

Q: 東北ボランティアから何を学びましたか。また、自然災害についてあなたの国の人々に何を伝えたいですか。
東北ボランティアから、直接被災者に話し合って、いろいろな勉強になりました。津波や地震等にあった場合は何をやるか、また、震災が起こる前に何を準備するか、自分が分かってきました。
自分の国の場合は、被災を抑える為に避難所や、お知らせの設備等、また最も大事なのは震災の予想することで、早ければ早くほどもっと命を助けられると思います。

Q: 世界の人々へのメッセージ
大震災が起きた後、現地に強盗や混乱行為はほとんどない、人々が忍耐して、並んで、自分の順番まで待ち、助け合いました。本当に素晴らしい性格と思います。世界はそう出来るといいなあと思っています。

>>Message in Mother tongue (PDF)

◆SHIEN from China◆
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 私は留学生として、日本の社会に貢献したい、東北大震災復興救援に貢献したいです。私の力が微力ですが、無力ではありません。みんなの力を合わせれば、何でも乗り越えられると思います。東北がんばろう!日本がんばろう!
 ACC21とJENへ感謝しています。みんなの協力で、私たちと被災者たちとのふれあいの機会を設けました。ポスターに書かれた「ボランティアを通じて、あなたの国と日本の「架け橋」になりませんか」。という言葉がありました。私もその言葉を深く考えました。「架け橋」という言葉、何回もほかの学生に聞いてみました。ここで、「架け橋」どうやってなりますか?「架け橋」になるためには、何を努力すべきか?私は考える上で、正確な答えが見つけられませんでした。個人の考えでは、「架け橋」は両国がもっと仲良くすることです。どうやって仲良くするのかというのは、お互いを知ることや尊敬、理解、了解することなど。そのために、交流したり、勉強したり、メディアなど正しい情報を得ること、また、今回ボランティアのように、みんなと共に汗を流し、「仲間」になることです。言葉の障害も問題ではありません、みんなの「心」と「心」の交流だと思います。私は「和」を作りたい、どんな国の方、どんな肌の方、みんな平等で尊敬することが大事だと思います。
以下、三つの点で東北ボランティアについて述べます。
  一つ目、理解。三つの立場で、話させていただきます。地元の被災者側の立場に立ってみると、自分のために、わざわざ、東京からあるいはほかの地域から、ここへ来て、暑い中に作業してもらいました。地元の方は十八番の料理、冷たいお茶、船で体験など、留学生たちにさせたいと思います。日本人のご馳走、日本人は相手に対する配慮、日本人の心、日本の文化の一つかもしれない。留学生側の場合に立ってみると、被災者は私たちが体験してなかった体験しました。震災から今まで、自立して地元を守る、自立でこれからの人生を生きていくという、気持ちは私たち理解できないほど大きいです。だから、私たちは笑顔で被災者たちに迎えて、元気や勇気など、あげたい。相手があるからこそ、がんばりたいという気持ちだと思います。私たちはこの浜に来て、浜は賑やかになりました。笑う声が響き、地元の活気が戻りました。「地域活性化」のため、地元は盛り上がりたいのだと思います。ACC21とJENスタッフ側の立場、ここでは、留学生と地元の方の「架け橋」であるだと思います。円滑にプロジェクトを進め、怪我なく、トラブルなくなど。順調にプロジェクトをサポートします。
  二つ目、交流。留学生同士の交流、地元の被災者との交流、JENのスタッフと一般参加者の交流、全体の交流。この三日間で、山ほど交流しました。いろんな言語を使って、いろんな表情で交流しました。ある留学生は自国の料理を作って、さまざまな話題が出ました。おいしい料理とビール、楽しい時間を過ごしました。いろいろな文化や考え方を混ざって、異文化体験もしました。交流を通じて、国々の距離が近くになりました。留学生のパワーは強いね。地元の方は時々方言のなまりがあるだけど、笑顔で接して、親しくやさしく、笑顔のおばあさんとおじいさん、みんながかわいくかっこいいですよ。みんなの声、頭に浮かべました。忘れられない思い出になりました。
  三つ目、絆。最終日で、みんなと別れる時はみんな一人一人ずつ、一言を言いました。ヴィさん(ベトナムの方)の話を聞いて、感動しました。彼女の気持ちは私たちが理解できないでけど、でも、彼女の話は心からの話。彼女は地元への恋しいが強くなって、帰りたくないと強く感じました。彼女の精神を尊敬します。彼女の行動や言葉など、私にとって、見習うべきだと思います。私たちがここまで、やってきた作業やサポートなどつなげたい。JENと去年参加した留学生、今年、L1、S1、S2プランの留学生のおかげで、彼たちの努力、彼たちの繋がりのおかげで、私たちはこのプロジェクトを参加することができました。でも、私たちS3も精一杯で頑張りました。次のS4に「絆」が繋がっていると思います。「絆」:私たちと地元の「絆」、私たちの国と日本の「絆」。一人と一人の「絆」。最高なプロジェクトでした。本当に「夢」みたい。みんなに感謝します。
  最後ですが、大切なのは「楽しむ」ことです。ボランティアの私たちや地元の方々、ACC21とJENのスタッフ、「楽しむ」は人生の宝物だと思います。小さい「楽しむ」でも、一日元気になれます、相手にも元気を与えます。みんなと出会って、私にとって、大きな成長だと思います。ここまで、プロジェクトを体験させてもらって、本当に感謝いたします。お世話になりました。ありがとうございました。移動と作業は疲れるけれど、でも、私の心が熱くて、地元の狐崎浜を去りたくない。また、行きたい。もし、機会があれば、ぜひ、もう一度頑張りたいと思います。

◆THANDA from Myanmar◆
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Q:What impression did you have on Tohoku after 1.5 year of disaster?
It is an amazing impression to me forever, when I came to know that Japanese people have sense of positive attitude whatever good or bad they face. I feel that this ability exactly paves the way for returning to almost normal situation during this short period.

Q: Please describe your experiences and tell us your reflection of them.
I had a chance to help in oyster farming in Ishinomaki particularly in making house for baby oyster. All ojii san and obaa san are very kind hearted and healthy too. They always see the world with happy eyes as well as strong and simple hearts.

Q: What did you learn from Tohoku and what would you like to suggest to your country people in case of natural disasters that might happen in your country?
All Japanese people have full of confidence in managing the natural disaster due to their excellent warning and preparation system, rescue procedure during disaster and rehabilitation scheme after disaster. I would like to suggest to my country to prepare these schemes in order to tickle natural disaster effectively.

Q:Your message to the people of the world.
Be strong with positive attitude. A person's big asset is a hand willing to help and an ear willing to listen. This spirit is the key to create a peaceful and safe community.

>>Message in Mother tongue (PDF)