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2021年6月2日  

【開催報告】「韓国の歴史教育と歴史教科書」
【2020年度日韓学習会#3】


nikkan_gakushukai_210327_1.png 2021年3月27日土曜日、「日韓みらい若者支援事業」の学習会をオンラインで開催しました。韓国の近現代史研究者である上山由里香さんを講師としてお迎えし、日韓に関わる学生団体のメンバー、NGO関係者、その他関心を持つ個人等18名が参加し学びました。

上山さんの韓国との出会い

上山さんがはじめて日韓関係に関心を持ったのは、大学生だった2002年頃。当時は小泉首相が、初めて日本の首相として北朝鮮を訪問し、日本でもメディアによる報道が盛んになっていました。日本と朝鮮半島の間で、過去の歴史をめぐってなぜ違いがあるのか、解決、和解とは何か、と関心を持ち大学の卒業論文で、北朝鮮にどのように旅行に行けるのかを調べたことが、彼女にとっての出発点でした。

メディアが伝える韓国が本当の姿なのか、自問自答し続け、問題の本質を自分ら調べる必要を感じ、韓国の歴史教育、歴史教科書の実態把握からスタートしました。上山さんは、まず(1)基本的な歴史事実を知り、国・個人の間で歴史的事実に対する認識や解釈が異なることを理解し、(2)違いが生まれる原因を知る。そして(3)異なる認識を持つ背景について理解をする、という三段階により歴史問題を考えています。以下は彼女の発表内容です。

◆歴史教育と歴史教科書

一般的な歴史教育、歴史認識

過去に対する記憶や体験は時間の経過とともに薄くなります。それを曖昧にならないよう、再現し、継承していく作業が歴史教育を通して行われます。大日方純夫先生の言葉を借りると、歴史教育は家庭やメディアを通じて行われることもありますが、これを広義の歴史教育とし、教科書をツールとし小中高校でより系統的、組織的に行う学校教育を狭義の歴史教育として捉えます。
「歴史認識」も広義と狭義に分けられ、過去に対する認識一般を広義の歴史認識とし、慰安婦、徴用工といった問題化した過去の出来事は狭義における歴史認識と捉えます。この狭義における歴史認識は1990年代から韓国で使われるようになり、その後日本でも広がりました。

教科書はなぜ問題化するのか

前提として、教科書は単なる出版物ではなく、国家によって規定された基準(日本でいう学習指導要領)に基づき編纂され、公的な認定を受けて使用されます。そのため、一国の歴史観を代弁し、国としての歴史観だとみなされます。これが歴史教科書が問題化する要因の一つです。個人一人ひとりの歴史観と必ずしも一致しないものの、対外的にそう判断されることが多いのです。

「特別な出版物」としての教科書

教科書が一般の出版物と異なる点は大きく分けて3点。一般の書店では入手できず、主な読者は教師と学習者(学生)に限られる点、学習者個人レベルで教科書を選ぶことができない点、そして教科書は編纂に4年ほどかかり、国家(行政)の関与の下で行われている点。これら3点において教科書は一般の出版物と大きく異なります。

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事前学習資料として参加者らに配布された資料(韓国の教科書の翻訳本)の概要


◆韓国の歴史教育と歴史教科書

韓国における歴史教科書、歴史教育の事情

韓国の歴史教科書は教育課程に基づき実施されています。韓国の学校教育のなかで歴史教育は、小学校では5~6年生の社会科で、週6時間、中学校では2~3年生の歴史の授業で週5時間(ここには道徳の時間も含まれる)学びます。高校では必須科目として「韓国史」を3年間学び、選択科目として「世界史」「東アジア史」(2012年頃から導入)を学んでいます。

教科書の編纂プロセス

教科書は「国定教科書」(「教育部」(日本でいう文科省)が編纂し、委託された出版社1社だけが販売できる)、「検定教科書」、「認定教科書」の三種類があり、国家の関与は国定よりも検定や認定の方が民間主導型と言えます。
現在は小学校の社会科教科書は国定ですが、2023年から検定教科書へと移行される予定です。中学校、高校では検定教科書が使われています。ちなみに、認定教科書は芸能(美術、音楽)や技術科目の教科書や漢文の教科書などで使用されています。
また、韓国の「教育課程」は日本のように改訂の周期が一定ではなく、政権交代後にその政権での方針に伴って改訂が行われる場合が多いです。

高等学校『韓国史』教科書の例

現在韓国の高校で使用されている『韓国史』教科書構成の大きな枠組みとしては、①大きなテーマから導入、②テーマ別学習、③プロジェクト活用(考えを発展させる仕組み)、④大きなテーマでまとめるというスタイルになっています。

≪主な特徴≫
1. 主要テーマで構成されており、分厚い教科書(300ページ程度)の半分以上が近現代史で占めている。
 現行の金星出版社『韓国史』の場合:前近代(20テーマ)、開港期(18テーマ)、日帝強占期(18テーマ)、光復以降(18テーマ)
2. 4段階(導入→本文学習→整理→探求)で構成されている。問いかけで始まり、特別な答えが提示されているわけではない。
3. 教科中心評価に活用しやすい。
4. 資料が豊富であり、資料がないと本文を理解できない構成となっている(教科書だけでなく入学試験問題にも「考えさせる」ことが導入されている)。
5. 社会の上層部にいる特定の人々ではなく、「平凡な人々」「普通の人々」の暮らしぶりや感じ方に注目している。

質疑応答
Aさん(学生):今回初めて韓国の歴史教科書について詳しく学び、近現代史の分量が日本と韓国で大きく異なることに驚きました。資料を豊富に掲載する韓国の教科書は、歴史を学ぶうえで実感を持たせられる効果がある、日本の歴史教科書が資料掲載部分で不十分なため、学生の間に歴史認識が根付かずに、メディアやSNSやフェイクニュースに惑わされるのではないか。
上山さん:韓国の歴史教科書は資料中心であり、導入や見せ方が興味深い。日本では、似たような構成でつくられた教科書が「学び舎」より発行されている。日本でもこうした努力はあるものの、広い普及には至っていないのが現状だ。

Bさん(学生):政権により教科書が変わる頻度が知りたい。
上山さん:李明博、朴槿恵、文在寅政権という最近の政権交代において教育課程が改訂され教科書も改めて編纂されている。政権ごとに各政権の思想が反映されやすい傾向がある。具体的には朴槿恵政権のときには、歴史教科書を国定化するという事態が起きた。実際に教育過程が改訂され教科書も編纂された。叙述内容の事実誤謬が多いことに加え、偏った歴史叙述で構成されている内容に対し、歴史学者や現役教師、若者などならの強い反対にあい、結果的にどこの学校でも採択されることなかった。その後、文在寅政権になってから国定化教科書は廃止され、新たな教科書が編纂された。その教科書は2021年3月より学校現場で使用されている。政権と教科書の関係で言えば、日本の教科書より韓国の教科書の方が劇的に変化しやすい点に特徴がある。

Cさん(学生):教科書は公的なものであって一国の考えを代弁することを学んだが、自分が通っていた高校では教科書を一度も開かずに入試対策を行っていた。入試までに時間がなく、「プロジェクト活用」のようなものはスキップしていたが、韓国における教科書の使用度合いはどれぐらいか。
上山さん:教科書があってもそれをどのように活用するか、教科書をつかって誰がどのように教えるかは重要。現場の教師の力量に左右される。実際に韓国で教科書がどのように使用されているのかという実態までは把握しにくいというのが現状である。しかし、日韓の教師らの交流のなかで、授業実践交流などを行っている人たちもいる。そのような機会を通して、実際に日韓双方で教科書を使用してではどのように授業を行い、また日韓の教師たちはどのような努力をしているのかということを把握しようと努力している人々もいる。

Dさん(社会人):以前、中国の歴史教科書を読んだことがあるが、日本が過去に行ってきたことが残虐に描写されているのを見て、教育により生徒の間に外国に抱く感情がつくられると感じた。国の教科書検定への介入度合いについて知りたい。
上山さん:例えば、歴史用語の統一や史実と異なる記載、数字が違うといった部分には執筆基準をもとにした国の介入(検定意見の提出)がある。実際に現在使用されている教科書の検定本教科書と検定通過後の教科書を詳細に比較分析できていないので、現段階で政府の介入度合いを明確に述べることは難しい。

Eさん(社会人):韓国の教科書では、現代の日本についてどういう叙述をされているのか知りたい。
上山さん:韓国史の教科書においては植民地時代について多くの紙面が割かれている。しかし、45年以降の部分に関しては韓国史教科書ではほとんど記述はない。地域史という枠組で構成されている東アジア史の教科書では日本に関する叙述がある。

Fさん(主催関係者):韓国の教科書の方針は豊富な資料を提示して生徒に「考えさせる」ことにあって、ある意味で未来志向であるのではとの感想を持ったが、このとらえ方について上山さんはどのように考えるか。
上山さん:教師の力量と受け手にもよるが、メディア、SNSから受ける影響の方が大きいことは日本だけでなく韓国でも同じ。一概に教科書による学習のみが若い人たちに大きな影響を与えているとは言えないものの、一定の影響はあるのではないか。

以上をもって、第3回学習会を終えました。日韓みらい若者支援事業では、今後も定期的に学習会を開催します。本ウエブサイトでご案内しますので、ぜひ皆さまご参加ください。



【講師プロフィール】上山由里香氏(日本国際問題研究所 研究員)
(公財)日本国際問題研究所で調査研究に携わる。立教大学大学院 21 世紀社会デザイン研究科修士課程(朝鮮半島の現代史や外交史が専門のマーク・カプリオ氏に師事)を経て、韓国の成均館大学東アジア学科博士課程に留学し、博士号(文学博士)を取得。専門は韓国の近現代史、 歴史教育、歴史教科書、人物史など。その他、日中韓 3 国共通歴史教材委員会として『新しい東アジアの近現代史(上・下)』(社会評論社、2012)の編纂にも携わり、現在新しい教材の編纂にも取り組んでいる。