イベントレポート『フィリピンの路上の若者と語ろう! ~“Project Bamboo” しなやかに未来を切り拓く~』
フィリピンには、路上で暮らす子どもや若者(ストリートチルドレン)が約37万人いるといわれています。路上で暮らし、物乞いや物売り、トライシクル(三輪タクシー)の運転手などで不安定な収入を得てきた人々は、コロナ禍でより大変な状況に追いやられています。
私たちアジア・コミュニティ・センター21(ACC21)は、2018年から現地NGO・チャイルドホープとともに「Project Bamboo:フィリピンの路上で暮らす若者の自立支援プロジェクト」に取り組んでいます。これまでに約100人の若者たちがプロジェクトに参加し、就職や起業に必要な知識や技術を学んできました。
自立をめざす路上の若者たちは、子ども時代をどのように暮らし、コロナ禍の今どのように過ごしているのでしょうか。フィリピン・マニラの路上で暮らす若者たちとの対話を通じて彼らの生い立ちと今を知り、これからを考えることを目的としたオンライン・イベントを開催しました。
■フィリピンでは今も数十万人ものストリートチルドレンが暮らす
フィリピンの首都・マニラ首都圏は高層ビルが並び、車がひしめき合う大都会です。しかしその一方で、たくさんの子どもたちが“ストリートチルドレン”と呼ばれ、貧困の中で暮らしています。“ストリートチルドレン”と言っても、全員が親と離れ、路上で寝泊まりしているわけではなく、家族と一緒にスラムなどで寝泊まりしながら、日中を物乞いや物売り、ゴミ拾いなどをして路上で過ごしている子どももいます。
このようなストリートチルドレンは、児童労働、児童買春、身体的・性的虐待・搾取、若年妊娠などさまざまなリスクにさらされており、多くが不安障害やうつ病などの症状を抱えています。
■ストリートチルドレンの貧困の連鎖を断ち切るために
ACC21の現地パートナー・チャイルドホープは、マニラ首都圏のストリートチルドレンのために30年以上にわたり活動を続けている現地NGOです。チャイルドホープでは、路上での教育活動や移動診療などの活動を通じて、子どもたちが力を付け、路上から抜け出せるように支援しています。
ACC21は、ストリートチルドレンを苦しめる貧困の連鎖を断ち切るためには、若者たちが手に職をつけ、自立することが重要だと考え、2018年からチャイルドホープとの協働事業「Project Bamboo:フィリピンの路上で暮らす若者の自立支援プロジェクト」に取り組んでいます。この「Project Bamboo」という名前は、日本とフィリピンで共通して親しまれている“竹(Bamboo)”がもつある特徴に由来しています。それは、「Resiliency」(しなやかな強さ、逆境や困難に立ち向かう力)です。幼い頃から路上で困難な生活を強いられてきた若者たちに、プロジェクトを通じて、この強さ・力を身につけてほしいという願いを込めています。
このプロジェクトでは、若者たちが安定した収入を得て、社会の有為な一員となれるように、ライフスキルや職業技術を学ぶための機会を提供しています。
幼いころから路上で暮らしてきた若者たちに単に職業の技術研修だけを提供しても自立に導くことは容易ではありません。そのため、本プロジェクトでは自立のための心構えから、就職に必要な手続きや起業資金まで、総合的にサポートを行っています。
2018年7月から2022年3月までの間に、96人の若者たちがこのプロジェクトを修了しました。2021年9月に行った調査によれば、回答者(60人)のうち6割が就職や起業で収入を得られるようになりました。
■路上で暮らす若者たちとの対話から―
イベント当日、フィリピンからは4人の若者たちが日本の参加者との対話のために集まってくれました。全員、子ども時代に路上での貧しい生活を経験し、自立支援プロジェクトを修了した若者たちです。
当日は、二つのグループに分かれ、日本側・フィリピン側の参加者がお互いに質問を投げかけ、語り合いました。またその後、全体のセッションに戻り、質疑応答や振り返りを行いました。いくつかのやりとりをご紹介します。
日本側Kさん:プロジェクトに参加する前、どのような生活をしていましたか?
キーンさん:
他の多くのストリートチルドレンと同じように、幼い頃から路上で多くの時間を過ごしてきました。家族と一緒に暮らせていましたが、路上にいる時間が長いので、危険にさらされてました。新型コロナウイルスの感染拡大で、フィリピンは世界でも最も長いロックダウン(厳しい外出・移動制限措置)が課されましたが、その間は自宅にとどまるしかありませんでした。収入源がなくなったので、政府からの補助金や緊急援助物資、NGOからの支援などで、何とか暮らしていました。ACC21はChildhopeと連携して、日本の市民から緊急援助のための寄付をつのり、食料や衛生キットを配布してくれましたが、私たちもその支援を受けることができました。自立支援プロジェクトでは、新しいことを学ぶことができたのがとても嬉しかったです。
アルジャンさん:
幼い頃、ゴミ拾いでお金を稼いでいました。缶などを集め、販売するのですが、その収入は自分だけでなく家族とも分け合って生きてきました。(チャイルドホープが子どもを対象に提供している)路上教育や、自立支援プロジェクトでは、自分の権利や責任をもつことについて学び、将来の人生に希望が持てるようになりました。とくに自立支援プロジェクトでは、新しいことを学び、いろいろなスキルを得ることができたので、修了後の起業に役立ちました。食事を販売するビジネスを立ち上げたのですが、実は数日前に強盗に入られてしまいました。最近、店の周辺では強盗事件が多発していたのですが、その日はとても疲れていて、カギをかけるのを忘れてしまい、商品やその週の売り上げ現金などが盗まれてしまいました。
※チャイルドホープでは、この強盗事件のトラウマをアルジャンさんが克服し、事業を再建できるように、追加の資本だけでなく、カウンセリングセッションなども提供する予定です。
日本側Iさん:プロジェクトに参加して大変だったことは何ですか?どのように乗り越えましたか?
ローズアンさん:
2人の子どもを育てているので、プロジェクトの研修と家庭の両立が大変でした。母親でありながら研修に参加するのは容易なことではありませんでしたが、修了したいという強い気持ちで頑張りました。親戚に子どもを預かってもらうなど協力を得られたので助かりました。
カーリトさん:
私は自立支援プロジェクトに参加しながらハイスクールに通っていたので、勉強との両立が大変でした。もちろん、生活するためには収入を得なければいけないので、それとの両立にも苦労しました。
日本側Sさん:この5月にフィリピンでは大統領が変わりましたが、何か変化はありましたか?
チャイルドホープ事務局長ハーヴィー氏:
フィリピンは今回の選挙で二分されることとなりましたが、NGOは誰を支持しているかに関わらず、支援を必要とする人たちを助けるだけです。社会的不公正をただし、十分な支援をできる人物を要職につけるように、政府には求めていきます。
日本側Mさん:私はフィリピンで暮らし、物乞いをする子どもをよく見かけます。助けを必要とするときに拒絶されるという経験から、なかなか人を信じられなくなるのではないかと思いますが、それをどのようにして乗り越えましたか?
アルジャンさん:
チャイルドホープの活動に参加するまでは、人を信じることはできませんでした。支援の手を差し伸べてくれた人さえも信頼していませんでした。しかし、何度も会って話し、研修などを通じてさまざまなテーマを学び、話し合うことで、徐々に信じることができるようになりました。
キーンさん:私たちのような若者が知識や知恵を身につけていくためにはどうしたらよいと思いますか?
日本側Aさん:
教育が重要だと思います。これからどのような職業に就きたいのかを見据えたうえで、勉強していくことが大切だと思います。頑張ってください、応援しています。
■対話を受けて―
日本とフィリピンの参加者から対話を受けて、感想をそれぞれ共有していただきました。
日本側Iさん:
4人の若者たちのお話を聞いて、非常に困難な状況にありながら、自分の将来をどうにかしたいという強い思いで真剣に学んできたことを知り、もっと皆さんを応援したいという気持ちが強くなりました。フィリピンの若者たちやストリートチルドレンが大変な状況にあるということを最近まで知らなかったので、もっとたくさんの人に知ってほしいし、もっと知っていきたいと思いました。
日本側Rさん:
これまで大学で机の上で勉強をするだけだったので、実際にフィリピンの皆さんとお話ができてとても貴重な機会になりました。
カーリトさん:
私たちの話に耳を傾けていただき、本当にありがとうございました。
ローズアンさん:
このイベントのために時間を割いて、ともに学び合う活動に参加してくれてありがとうございました。
アルジャンさん:
育った環境が異なる皆さんとお会いでき、お話しできてよかったです。
キーンさん:
お話しできてうれしかったです。ありがとうございました。
チャイルドホープ事務局長ハーヴィー氏:
路上の若者たちの話に耳を傾けようという人はあまり多くありません。とくに、彼らが経験したような悲しく辛い話を聞こうという人はなかなかいないのです。ですので、今日のイベントで、若者たちの話を聞いてくださった皆さんにとても感謝しています。
今日のイベントに限らず、プロジェクトの評価活動などを通して、ACC21が若者たちの話に耳を傾け、若者たちの未来に向かって何が必要なのか真剣に考えてくれていることは、この協働プロジェクトの意義であると考えています。
今日参加したような若者たちが路上生活の危険やリスクから逃れ、明るい未来に向かって前進し、自ら責任をもって人生を送ることができるように、これからもフィリピンと日本の私たちがパートナーとして力を合わせて取り組んできたいと思います。
■最後に
今回のイベントの冒頭のあいさつの中で、ACC21の伊藤より、「(Project Bambooというプロジェクト名に込めた)“Resiliency”(しなやかな強さ、困難に立ち向かう力) は、フィリピンの若者たちだけでなく、日本の若者にも必要な能力です」と話し、コロナ禍で困難に直面する日本の参加者の皆さんにも、イベントを通じてフィリピンの若者からさまざまなことを学び取ってほしいという期待をお話ししました。
オンラインではありましたが、フィリピンの若者たちとの交流を通じて、彼らのもつ“Resiliency”(しなやかな強さ、困難に立ち向かう力)から、日本の皆さんも学ぶことがあったのではないかと思います。そして、ハーヴィー氏のお話にあったように、フィリピンの若者たちにとっては、日本の皆さんが関心をもって耳を傾けてくださったことがとても貴重な経験になりました。
ACC21では、これからも路上で暮らす若者たちが手に職をつけ、自立してゆけるよう支援を続けていきます。そして、フィリピンの約37万人もの子どもたちが路上で暮らしているという状況をなくすために、“フィリピンのストリートチルドレンZERO”キャンペーンに取り組んでまいります。
今回参加してくださった日本の皆さま、そしてフィリピンから参加してくれた路上の若者たちとチャイルドホープのスタッフに心より御礼を申し上げます。
(報告:辻本紀子)
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